第8講 冪級数とTaylor展開
冪級数
$\alpha,\ a_n\ (n=0,1,2,\ldots)$ を複素数の定数として
$\displaystyle \sum_{n=0}^\infty a_n(z-\alpha)^n$
という形で表される複素関数を $\alpha$ を中心とする
冪級数という.
これは無限和なので,$z$ がどのような範囲の数であれば収束のかがまず問題になる.
そこで
$|z-\alpha| < \rho$ ならば級数は収束する
$|z-\alpha| > \rho$ ならば級数は発散する
ような $\rho$ のことをその級数の
収束半径と呼び,
開円板 $\{\,z\ |\ |z-\alpha| < \rho\,\}$ のことを
収束域(収束円)と呼ぶ.
収束半径 $\rho$ は正の実数であるが,すべての $z\in\mathbf{C}$ に対して級数が収束するときは $\rho=\infty$「収束半径は無限大」という言い方をする.その場合の収束域は $\mathbf{C}$ 全体ということになる.
また,$z=\alpha$ のときしか級数が収束しない場合は$\rho=0$,その場合の収束域は $\{\,\alpha\,\}$ である.
ここで級数が「収束する」というのは,実級数の場合と同様に,部分和がある複素数 $\zeta\in\mathbf{C}$ に近づいていくこと,すなわち
$\displaystyle \lim_{N\to\infty}\left|\ \sum_{n=0}^Na_n(z-\alpha)^n-\zeta\ \right|=0$
となることをいう.
また,「収束半径」なるものが必ず存在することは証明を要するが,それは実際の判定法
定理8.2pdfの中で確認されたい.
収束半径が $\rho<\infty$ であるとき,$|z-\alpha|=\rho$ のときは級数はどうなるのかというと,一般的なことは何も言えない.場合によって収束したり発散したりするので必要なときは個別に調べることになる.
収束半径の判定には次が有用である
定理8.1pdf:
$\displaystyle \rho=\lim_{n\to\infty}\left|\dfrac{a_n}{a_{n+1}}\right|$
この右辺の極限が( $\infty$ の場合も含めて)存在すればよいが,そうでない場合は次の判定法が用いられる
定理8.2pdf:
$\displaystyle \rho=\dfrac{1}{\limsup_{n\to\infty}\sqrt[n]{|a_n|}}$
$\displaystyle \limsup_{n\to\infty}\sqrt[n]{|a_n|}=0$ のときは $\rho=\infty$
$\displaystyle \limsup_{n\to\infty}\sqrt[n]{|a_n|}=\infty$ のときは $\rho=0$
と解釈する.
実数列 $(a_n)$ の
上極限は
$\displaystyle \limsup_{n\to \infty}=\lim_{n\to\infty}\sup_{k\ge n}a_k$
により定義されているのであった.
雑に言うと,上極限とは「無限個の $a_n$ を上から抑え込める最小の実数」である($\infty$,$-\infty$ になることもあるが).
例えば
$a_n=\left\{\begin{array}{ll}2&(n=0,2,4,\ldots)\\0&(n=1,3,5,\ldots)\end{array}\right.$
であれば $\sup_{k\ge n}a_k=2,\quad \forall n\in\mathbf{N}$ なので
$\displaystyle \limsup_{n\to \infty}a_n=2$
となる.
あるいは,「部分列の極限の中で最大のもの」という見方もできる.
例えば,$b_n=(-2)^n$ とすると,$\infty$に発散する部分列がとれるので
$\displaystyle \limsup_{n\to \infty}b_n=\infty$
であるし,$c_n=\{1+(-1)^n\}2^{1/n}$ とすると,偶数番目の項を取り出すと
$\displaystyle \lim_{n\to\infty}c_{2n}=\lim_{n\to\infty}2\cdot2^{1/2n}=2$
となり,$2$ より大きな値に収束する部分列はとれないので
$\displaystyle \limsup_{n\to \infty}c_n=2$
である.
上極限は,$(a_n)$ がどのような実数列であっても $\sup_{k\ge n}a_k$ が $n$ について単調減少となるので $\pm\infty$ の場合も含め必ず存在する.
-
$\displaystyle \sum_{n=0}^\infty \dfrac{z^n}{n!}$ について
$\displaystyle \lim_{n\to\infty}\left|\dfrac{1/n!}{1/(n+1)!}\right|=\lim_{n\to\infty}(n+1)=\infty$
より,収束半径は $\infty$.すなわち,すべての $z\in\mathbf{C}$ に対してこの級数は収束する.
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$\displaystyle \sum_{n=0}^\infty 2^nz^n$ について
$\displaystyle \lim_{n\to\infty}\left|\dfrac{2^n}{2^{n+1}}\right|=\lim_{n\to\infty}\dfrac{1}{2}=\dfrac{1}{2}$
より,収束半径は $\dfrac{1}{2}$.
すなわち,$|z| < \dfrac{1}{2}$ なる $z$ に対してこの級数は収束する.
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$\displaystyle \sum_{n=0}^\infty 2^{n-1}\{1+(-1)^n\}z^n$ について
$\displaystyle 2^{n-1}\{1+(-1)^n\}=\left\{\begin{array}{ll}0&(n=1,3,5,\ldots)\\2^n&(n=2,4,6,\ldots)\end{array}\right.$
であり,
$\displaystyle \lim_{n\to\infty}\left|\dfrac{a_n}{a_{n+1}}\right|$ は存在しないが
$\displaystyle \limsup_{n\to\infty}\sqrt[n]{\big|2^{n-1}\{1+(-1)^n\}\big|}
=\lim_{n\to\infty}\sqrt[n]{2^n}=2$
より収束半径は $\dfrac{1}{2}$ とわかる.
特異点
複素関数の
特異点とは,その点で関数の値が定義されていないか,定義されていても微分可能でないような点のことをいう.
典型的な特異点は,分母が $0$ になるような点や,多価関数の分岐点などである.
関数 $\dfrac{1}{z^2-1)}$ の特異点は $z=-1$ および $z=1$ である.
また,対数関数 $\log{z}$ や $\alpha\notin\mathbf{N}$ のときの冪関数 $z^\alpha$ の特異点は $z=0$ である.
Taylor展開
ある領域 $D$ で正則な関数 $f$ は $D$ において冪級数展開できる.
すなわち,各 $\alpha\in D$ に対して $D_r=\{\,z\ |\ |z-\alpha| < r\,\}\subset D$ となるように $r>0$ をとれば
$\displaystyle f(z)=\sum_{n=0}^\infty \dfrac{1}{2\pi i}\oint_{|w-\alpha|=r}\dfrac{f(w)}{(w-\alpha)^{n+1}}dw\cdot (z-\alpha)^n,\\\hspace{170pt}\quad z\in D_r$
と表わすことができる
証明pdf.
実関数の場合は,例え$C^\infty$級であったとしても冪級数で表せないことがある.例えば
$f(x)=\left\{\begin{array}{ll}\exp\dfrac{1}{x}&\mbox{if $x\in\mathbf{R}\backslash\{\,0\,\}$}\\0&\mbox{if $x=0$}\end{array}\right.$
により定義される実関数 $f$ は $\mathbf{R}$ のすべての点で無限回微分可能であるが,$x=0$ を中心として冪級数に展開することはできない.
このことと比較すると,複素関数の「正則性」が(一回の微分可能性しか仮定していないのにも関わらず)いかに強い条件であるかがわかる.
「正則」というのは,一点や直線ではないある「領域」(連結開集合)での微分可能性を要求しているということを改めて思い出しておこう.
そのことが単なる各点ごとの微分可能性と正則性との決定的な違いを作り出しているのである.
基本的な冪級数展開として,いわゆる「無限等比級数」
$\dfrac{1}{1-z}=1+z+z^2+z^3+\cdots$
は複素関数としても成り立つ.この級数の収束域が単位開円板 $\{\,z\ |\ |z| < 1\,\}$ であることは容易にわかる.
$\dfrac{1}{1-z}$ の特異点は $z=1$ であり,展開の中心 $z=0$ からこの特異点までの距離が収束半径となっていることに注目しよう.
また,指数関数・三角関数・双曲線関数についてのおなじみの展開式もやはり複素関数として成り立つ:
$e^z=1+z+\dfrac{z^2}{2!}+\dfrac{z^3}{3!}+\cdots$
$\cos{z}=1-\dfrac{z^2}{2!}+\dfrac{z^4}{4!}-\cdots$
$\sin{z}=z-\dfrac{z^3}{3!}+\dfrac{z^5}{5!}-\cdots$
$\cosh{z}=1+\dfrac{z^2}{2!}+\dfrac{z^4}{4!}+\cdots$
$\sinh{z}=z+\dfrac{z^3}{3!}+\dfrac{z^5}{5!}+\cdots$
これらの収束域が $\mathbf{C}$ 全体であることも容易に確認できよう.
Cauchyの積分公式の拡張
複素関数 $f$ が領域 $D$ で正則ならば,$f$ は $D$ の各点で任意回微分可能で,その $n\ (\in\mathbf{N})$ 階微分係数は
$\displaystyle f^{(n)}(\alpha)=\dfrac{n!}{2\pi i}\oint_{|w-\alpha|=r}\dfrac{f(w)}{(w-\alpha)^{n+1}}dw,\quad \alpha\in D$
により与えられる
証明pdf.
このことは,冪級数が項別微分可能なことから
$\displaystyle f(z)=\sum_{n=0}^\infty \dfrac{f^{(n)}(\alpha)}{n!}(z-\alpha)^n$
という形になっているはずで,これと前節で見た展開係数を比べるとわかる.
また,上式はCauchyの積分公式
$\displaystyle f(\alpha)=\dfrac{1}{2\pi i}\oint_{|w-\alpha|=r}\dfrac{f(w)}{w-\alpha}dw$
を
形式的に積分記号下で $\alpha$ について微分した形になっていることにも注目しよう.