複素解析

第5講 複素関数の正則性

開集合 $\mathbf{C}$ の部分集合 $U$ が開集合であるとは
$\forall a\in U,\ \exists \varepsilon > 0,\ |z-a| <\varepsilon\Rightarrow z\in U$
が成り立つことをいう. 雑に言えば,$a$ がある開集合の点であれば,$a$ のすぐ近くの点はすべてその開集合に入っているということである. 補集合が開集合であるような集合を閉集合という. また,空集合 $\emptyset$ は開集合であると規約される.
連結性 $\mathbf{C}$ の部分集合 $A$ が連結であるとは, 互いに素な(共通部分を持たない)二つの開集合により分割できないことをいう.すなわち
$U_1\cap U_2=\emptyset$,$A\cap U_1\neq \emptyset$,$A\cap U_2\neq \emptyset$,$A\subset U_1\cup U_2$
をすべて満たすような開集合 $U_1$,$U_2$ が存在しないということである. 要するに「一つにつながっている」ことが連結であると考えて構わない.
領域 $\mathbf{C}$ の領域とは連結な開集合のことである.
正則性 複素関数 $f$ がある領域 $D$ の各点で微分可能であるとき,$f$ は $D$ で正則であるという. このとき,各 $z\in D$ に微分係数 $f'(z)$ を対応させる関数を $f$ の $D$ における導関数という.
 複素関数が正則であるというのは,要するに微分可能ということではあるが, ここでの要点は「ある領域 $D$ の各点で」という部分である. 上で見たように,領域とは連結な開集合のことであって,一点集合や直線などは領域ではない. 従って,前講の練習3などで登場した「原点 $0$ でのみ微分可能」「実軸上でのみ微分可能」であるような関数は,いかなる領域においても正則たり得ない. $\mathbf{C}$ の開集合は,(空集合でない限り) $0$ 以外の点や実数以外の点を必ず含むからである.
 前講を思い出すと,複素関数 $f$ が実関数 $u$,$v$ により
$f(x+yi)=u(x,y)+v(x,y)i\quad(x,y\in\mathbf{R})$
と表されているとき,$f$ がある領域 $D$ で正則であるためには, 実部 $u$ および虚部 $v$ は,$\mathbf{R}^2$ の領域 $\tilde{D}=\{\,(x,y)\ |\ x+yi\in D\,\}$ の各点でCauchy-Riemannの関係式
$\left\{\begin{array}{l} \dfrac{\partial u}{\partial x}(x,y)=\dfrac{\partial v}{\partial y}(x,y)\\ \dfrac{\partial u}{\partial y}(x,y)=-\dfrac{\partial v}{\partial x}(x,y) \end{array}\right. \qquad(x,y)\in\tilde{D}$
を満たさなければならないことになる. この「$\tilde{D}$ の各点で」ということがかなり強い条件であって,この制約から, 複素関数の実部(虚部)が与えられたとき, その関数が正則であるためには虚部(実部)も定数の差を除いて一意に決まってしまう. 正則な複素関数の実部と虚部は,Cauchy-Riemannの関係式によって非常に強く結びつけられているのである.
調和関数  複素関数 $f(x+yi)=u(x,y)+iv(x,y)$ が領域 $D$ で正則であって,さらに $u$,$v$ が $\tilde{D}=\{\,(x,y)\ |\ x+yi\in D\,\}$ で $C^2$ 級ならば,$u$,$v$ は $\tilde{D}$ において次のLaplace方程式を満たす:
$\begin{array}{l} \dfrac{\partial^2 u}{\partial x^2}(x,y)+\dfrac{\partial^2 u}{\partial y^2}(x,y)=0\\ \dfrac{\partial^2 v}{\partial x^2}(x,y)+\dfrac{\partial^2 v}{\partial y^2}(x,y)=0 \end{array} \qquad(x,y)\in\tilde{D}$  詳しく!
このような関数は $\tilde{D}$ 上の調和関数と呼ばれる.
 後述するが,実は,ある領域で正則な複素関数はその領域で無限回微分可能であり,従ってその実部虚部はともに $C^{\infty}$ 級である. よって,上で課した $C^2$ 級という条件は $f$ が正則であれば自動的に満たされることになり,すなわち,複素関数が正則であるならば,その実部虚部はともに調和関数以外にはあり得ない.