第5講 複素関数の正則性
開集合
$\mathbf{C}$ の部分集合 $U$ が
開集合であるとは
$\forall a\in U,\ \exists \varepsilon > 0,\ |z-a| <\varepsilon\Rightarrow z\in U$
が成り立つことをいう.
雑に言えば,$a$ がある開集合の点であれば,$a$ のすぐ近くの点はすべてその開集合に入っているということである.
補集合が開集合であるような集合を
閉集合という.
また,空集合 $\emptyset$ は開集合であると規約される.
全体集合 $\mathbf{C}$ および空集合 $\emptyset$ は開集合でありかつ閉集合である.
$\mathbf{C}$ はもちろん開集合の条件を満たし,
$\emptyset$ が開集合であることは規約とするが,論理的に開集合の条件を満たすと考えてもよい.
さらに,$\mathbf{C}=\emptyset^c$,$\emptyset=\mathbf{C}^c$ から,これらは閉集合でもあるとわかる.
開円板 $\big\{\,z\ \big|\ |z| < 1\,\big\}$ は開集合である.
実際,
$a\in\big\{\,z\ \big| \ |z| < 1\,\big\}$ とすると
$|a| < 1$ であるから,$\varepsilon=(1-|a|)/2$ ととれば
$|z-a| < \varepsilon\Rightarrow |z| \le |a|+|z-a| < \dfrac{|a|+1}{2} < 1\\
\hspace{45pt} \Rightarrow z\in\big\{\,z\ \big| \ |z| < 1\,\big\}$
となる.
また,閉円板 $\big\{\,z\ \big| \ |z| \le 1\,\big\}$ は開集合ではない.
実際,例えば $1\in\big\{\,z\ \big| \ |z| \le 1\,\big\}$ であるが,
$\varepsilon > 0$ をどんなに小さくとったとしても
$z_0=1+\varepsilon/2$ とすれば
$|z_0-1| < \varepsilon$ かつ $z_0\notin\big\{\,z\ \big| \ |z| \le 1\,\big\}$
となる.
この集合の補集合 $\big\{\,z\ \big| \ |z| > 1\,\big\}$ は開集合とわかるので
単位閉円盤は閉集合である.
このように,境界上の点はそこから少しでも動くと集合の外に出てしまうことがあるので,境界を含む集合は開集合ではない.
すなわち,開集合とは境界を含まないような集合だと言ってもよい.
$\mathbf{C}$ の開集合であるもの,閉集合であるものをそれぞれすべて選べ.
$\mathrm{(a)}$ $\{\,0\,\}$ |
$\mathrm{(b)}$ $\mathbf{C}\backslash\{\,0\,\}$ |
$\mathrm{(c)}$ $\big\{\,z\ \big|\ |z| > 1\,\big\}$ |
$\mathrm{(d)}$ $\big\{\,z\ \big|\ |z| = 1\,\big\}$ |
$\mathrm{(e)}$ $\big\{\,z\ \big|\ \mathrm{Re}z \le 1\,\big\}\quad$ |
$\mathrm{(f)}$ $\big\{\,z\ \big|\ |z-2i| < 3\,\big\}$ |
開集合:$\mathrm{(b)}$,$\mathrm{(c)}$,$\mathrm{(f)}$
閉集合:$\mathrm{(a)}$,$\mathrm{(d)}$,$\mathrm{(e)}$
連結性
$\mathbf{C}$ の部分集合 $A$ が
連結であるとは,
互いに素な(共通部分を持たない)二つの開集合により分割できないことをいう.すなわち
$U_1\cap U_2=\emptyset$,$A\cap U_1\neq \emptyset$,$A\cap U_2\neq \emptyset$,$A\subset U_1\cup U_2$
をすべて満たすような開集合 $U_1$,$U_2$ が存在
しないということである.
要するに「一つにつながっている」ことが連結であると考えて構わない.
$\mathbf{C}$ 自身はもちろん連結である.
連結でないというのは,例えば
$
A=\{\,z\ |\ |z| \le 1\,\}
\cup
\{\,z\ |\ 2 \le |z|\,\}
$
のように完全に離れた複数の集合に分けられるということである.
$A$ は閉集合であるが,例えば
$
U_1=\{\,z\ |\ |z| < 3/2\,\},\quad
U_2=\{\,z\ |\ 3/2 < |z|\,\}
$
とすれば,これらは開集合であって
$U_1\cap U_2=\emptyset$,$A\cap U_1\neq \emptyset$,$A\cap U_2\neq \emptyset$,$A\subset U_1\cup U_2$
を満たしている.
$\mathbf{C}\backslash\mathbf{R}$ なども,実軸により分割されているので連結でない.実際
$
\mathbf{C}\backslash\mathbf{R}
=\{\,z\ |\ \mathrm{Im}z > 0\,\}
\cup
\{\,z\ |\ \mathrm{Im}z < 0\,\}
$
と,二つの開集合の和集合となっている.
$\mathbf{C}$ の部分集合 $A$ が
弧状連結であるとは,
任意の相違なる2点 $a,b\in A$ に対して連続関数 $f:[0,1]\to \mathbf{C}$ であって
$f(t)\in A,\ \forall t\in[0,1],\ f(0)=a,\ f(1)=b$
を満たすものが存在することをいう.
弧状連結とは,要するに任意の二点が一本の曲線で(外に出ることなく)結べるということであり,
これも集合が「一つにつながっている」ことを表現していると言える.
連結であることとは一般には微妙な違いがあるのだが,
$\mathbf{C}$ の開集合については,連結であることと弧状連結であることは同値
ということが知られている.
従って,連結性の判断が定義通りには難しい場合は,弧状連結であるかどうかを考えてもよい.例えば,円板
$\big\{\,z\ \big|\ |z|\le r\,\big\}$ $(r > 0)$
はもちろん連結だが,実際,円板内の任意の二点はその二点を端点とする線分で(外に出ることなく)結ぶことができる.
領域
$\mathbf{C}$ の
領域とは連結な開集合のことである.
典型的な領域としては,開円板
$\big\{\,z\ \big|\ |z-\alpha| < r\,\big\}\quad(\alpha\in\mathbf{C},\ r > 0)$
や半平面
$\big\{\,z\ \big|\ \mathrm{Im}z > 0\,\big\}$
などが挙げられる.一般論として $\mathbf{C}$ の領域というときは,開円板や半平面のようなものをイメージするとよい.
もちろん全平面 $\mathbf{C}$ も領域である.
また,空集合 $\emptyset$ も定義上は領域と言えるだろうが,あまり念頭におく必要はない.
$\mathbf{C}$ の点 $x+yi$ と $\mathbf{R}^2$ の点 $(x,y)$ はしばしば同一視される.この観点から,$D$ が $\mathbf{C}$ の領域であるとき,
$\tilde{D}=\{\,(x,y)\ |\ x+yi\in D\,\}$
で定まる $\mathbf{R}^2$ の部分集合も $\mathbf{R}^2$ の領域と呼ばれる.
気持ちとしては $D$ も $\tilde{D}$ も同じだと言いたいところだが,やはり
$\mathbf{C}$ と $\mathbf{R}^2$ とは全く同じものではないのできちんと区別すべきであろう.
正則性
複素関数 $f$ がある
領域 $D$ の各点で微分可能であるとき,$f$ は $D$ で
正則であるという.
このとき,各 $z\in D$ に微分係数 $f'(z)$ を対応させる関数を $f$ の $D$ における
導関数という.
前講で見たように,指数関数 $f(z)=e^z$ は $\mathbf{C}$ のすべての点で微分可能であった.従って,$e^z$ は $\mathbf{C}$ で正則であり,その導関数は
$f'(z)=\dfrac{d}{dz}e^z=e^z$
である.指数関数によって定義される
三角関数・双曲線関数や,
冪関数 $z^n (n\in\mathbf{Z})$ もその定義域で正則である.例えば,
$g(z)=\dfrac{1}{z}$ は $\mathbf{C}\backslash\{\,0\,\}$ で正則であり,その導関数は
$g'(z)=-\dfrac{1}{z^2}$
である.
複素関数が正則であるというのは,要するに微分可能ということではあるが,
ここでの要点は「ある領域 $D$ の各点で」という部分である.
上で見たように,領域とは連結な開集合のことであって,一点集合や直線などは領域ではない.
従って,前講の練習3などで登場した「原点 $0$ でのみ微分可能」「実軸上でのみ微分可能」であるような関数は,いかなる領域においても正則たり得ない.
$\mathbf{C}$ の開集合は,(空集合でない限り) $0$ 以外の点や実数以外の点を必ず含むからである.
複素関数 $f(z)={\bar{z}\,}^2$ は原点 $0$ のみで微分可能であることは容易に確かめられる.従って,$\mathbf{C}$ の空でない領域 $D$ をどのようにとったとしても,$D$ は(開集合だから) $0$ 以外の点を含み,従って,$f$ は $D$ で正則でない.
また, $g(z)=(z-\bar{z})^2$ は実軸上でのみ微分可能である(確かめよ).
この $g$ も同様に $\mathbf{C}$ いかなる領域においても正則となることはない.
前講を思い出すと,複素関数 $f$ が実関数 $u$,$v$ により
$f(x+yi)=u(x,y)+v(x,y)i\quad(x,y\in\mathbf{R})$
と表されているとき,$f$ がある領域 $D$ で正則であるためには,
実部 $u$ および虚部 $v$ は,$\mathbf{R}^2$ の領域 $\tilde{D}=\{\,(x,y)\ |\ x+yi\in D\,\}$ の各点でCauchy-Riemannの関係式
$\left\{\begin{array}{l}
\dfrac{\partial u}{\partial x}(x,y)=\dfrac{\partial v}{\partial y}(x,y)\\
\dfrac{\partial u}{\partial y}(x,y)=-\dfrac{\partial v}{\partial x}(x,y)
\end{array}\right. \qquad(x,y)\in\tilde{D}$
を満たさなければならないことになる.
この「$\tilde{D}$ の各点で」ということがかなり強い条件であって,この制約から,
複素関数の実部(虚部)が与えられたとき,
その関数が正則であるためには虚部(実部)も定数の差を除いて一意に決まってしまう.
正則な複素関数の実部と虚部は,Cauchy-Riemannの関係式によって非常に強く結びつけられているのである.
複素関数 $f$ が
$f(x+yi)=x^2-y^2+v(x,y)i$
と表されるとき,$f$ が $\mathbf{C}$ で正則であるために実関数 $v$ が満たすべき条件を調べよう.
$f$ についてのCauchy-Riemannの関係式は
$\left\{\begin{array}{l}2x=v_y(x,y)\\-2y=-v_x(x,y)\end{array}\right.$
となる.$f$ が $\mathbf{C}$ で正則であるためには,この二式がすべての $(x,y)\in\mathbf{R}^2$ について成り立たなければならない.
第一式 $2x=v_y(x,y)$ より
$v(x,y)=2xy+F(x)$
ただし,$F(x)$ は微分可能な $x$ のみの関数.さらに $x$ で微分して
$v_x(x,y)=2y+F'(x)$
これを第二式 $-2x=-v_y(x,y)$ と比較して $F'(x)=0$,すなわち $F(x)$ は定数となる.
よって $v$ は
$v(x,y)=2xy+C$ ($C$ は実定数)
と表される関数に限られる.
実際,このとき
$f(x+yi)=x^2-y^2+2xyi+Ci$
すなわち $f(z)=z^2+Ci\ (z\in\mathbf{C})$ となり,確かにこれは $\mathbf{C}$ で正則である.
調和関数
複素関数 $f(x+yi)=u(x,y)+iv(x,y)$ が領域 $D$ で正則であって,さらに $u$,$v$ が $\tilde{D}=\{\,(x,y)\ |\ x+yi\in D\,\}$ で $C^2$ 級ならば,$u$,$v$ は $\tilde{D}$ において次の
Laplace方程式を満たす:
$\begin{array}{l}
\dfrac{\partial^2 u}{\partial x^2}(x,y)+\dfrac{\partial^2 u}{\partial y^2}(x,y)=0\\
\dfrac{\partial^2 v}{\partial x^2}(x,y)+\dfrac{\partial^2 v}{\partial y^2}(x,y)=0
\end{array}
\qquad(x,y)\in\tilde{D}$
詳しく!
実際,Cauchy-Riemannの関係式
$\left\{\begin{array}{l}u_x=v_y\\u_y=-v_x\end{array}\right.$
の第一式の両辺を $x$ で,第二式の両辺を $y$ でそれぞれすると
$\left\{\begin{array}{l}u_{xx}=v_{xy}\\u_{yy}=-v_{yx}\end{array}\right.$
となり,$C^2$ 級の仮定により $v_{xy}=v_{yx}$ だから辺々加えることにより $u_{xx}+u_{yy}=0$ を得る.
$v$ についても同様.
このような関数は $\tilde{D}$ 上の
調和関数と呼ばれる.
後述するが,実は,ある領域で正則な複素関数はその領域で無限回微分可能であり,従ってその実部虚部はともに $C^{\infty}$ 級である.
よって,上で課した $C^2$ 級という条件は $f$ が正則であれば自動的に満たされることになり,すなわち,複素関数が正則であるならば,その実部虚部はともに調和関数以外にはあり得ない.
では逆に,与えられた調和関数 $u$ を実部または虚部とする正則な複素関数は必ず存在するのかというと,これは少し微妙な問題であって,$u$ がある単連結領域(穴が開いていない領域)で調和ならば,答は肯定的であることが知られている.
そうでない場合,例えば,$u(x,y)=\log(x^2+y^2)$ は $\mathbf{R}^2\backslash\{\,(0,0)\,\}$(穴が開いている!)で調和である.しかし,実際に計算してみるとわかるが,この $u$ を実部としてもつ $\mathbf{C}\backslash\{\,0\,\}$ で正則な複素関数を前項の手順でつくろうとすると大きな困難に見舞われることになる.この例は複素関数としての対数関数の多価性と関係しており,講を改めて触れることになろう.